月別アーカイブ: 2017年12月

物忘れがきになるようだったら「眠りの質」をふりかえってみる

寝不足と記憶力の低下の関係性

先日「最近、寝不足気味で、記憶力もすっかりいまひとつで困っちゃいます。わたし、ボケてきていないか、MRI検査をしたいのですが」と不安そうに話される還暦過ぎの女性がいらっしやいました。

若いひとならば、(寝不足→ 記憶力低下) はすんなり受け入れられますが、ある程度の年齢になると、「もしや認知症の初期では?」という心配をお持ちになるかたも少なくないと思います。

さて、寝ていないと認知症になりやすいのでしょうか?実は認知症予防と睡眠とを扱った研究は多くありません。しかし適切な睡眠をとることで、脳神経細胞のシナプス結合が調整され、学習機能の向上や記憶力を増強させることはわかってきています。

高齢者で不十分な睡眠が続いていると、睡眠中のこの記憶の統合と強化が行われません。不眠のストレスも加わり、脳神経細胞にダメージが加わることも十分考えられます。

認知症に進んでいく危険性がゼロだとは言い切れません。予防のためには、早期発見と日々の注意が大切です。「軽度認知障害」という概念が、最近ではよく使われます。

健常者より忘れっぽく、認知症患者さんよりもの覚えがいいという、なんともあいまいで、グレーゾーンといわれても仕方のない診断名です。

「このごろ、いわれたこともすぐ忘れちゃうし、メモをとらないといけないな」とこぼしていても、日常生活に支障をきたしていなけれぼ、軽度認知障害ということになります。
「オレは軽度だからいいや」、と侮ってはいけません。軽度認知障害の約1割のひとが、3年後には認知症に移行するともいわれており、軽度認知障害はアルツハイマー型認知症の黄色信号ともいえるのです。

そして軽度認知障害のかたは、睡眠に問題のあるかたが多いのも事実です。

もの忘れ外来で不眠治療が効くこともある

アメリカ・メリーランド州の世界的な名門医科大学、ジョンズ・ホプキンス大学のグループが、2002年に医学雑誌「JAMA」に発表した論文があります。

総勢36 08名の老人のかたを10年にわたって調査した研究で、軽度認知障害と診断された患者さんは計320人でした。この軽度認知障害の患者さんにもっとも頻繁に見られた、はっきりした臨床上のサインは睡眠障害で、8.8% でした。

睡眠不足だけが軽度認知障害1認知症に進行させる犯人というわけではないですが、睡眠のトラブルは認知症が生じる警告なのかもしれないですし、逆に早期発見の手がかりともいえそうです。睡眠不足と記憶力低下が1ヶ月以上持続するようならば、精神科か心療内科、ないしは専門の外来(もの忘れ外来、睡眠外来)を受診されることをおすすめします。

意外なことかもしれないですが、うつ病によって不眠、もの忘れ、集中力低下をきたしているかたが多いのです。

還暦過ぎの女性も、よく話を聞けば財産相続の悩みなどで気分も晴れず、好きな日本舞踊もできないなど、うつ病の症状が見え隠れしていて、少量の抗うつ薬を服用しはじめたところ、睡眠も記憶力低下もよくなりました。
うつにはヌーススピリッツ

頭のMRIも念のために検査しましたが、萎縮などの異常はなく、ど本人にご自身の脳の画像をお見せして「大丈夫! 」と説明したところ、たいへん喜んでおられました。

もの忘れは、心配し過ぎはよくないですが、眠れないのと重なってきたら要注意です。気にしているだけでは不安が増すばかりですから、ぜひ睡眠外来や心療内科などで一度ど相談なさってください。

昼間の強い眠気、集中力の低下は睡眠時無呼吸症候群の可能性大

強力な眠気は要注意

「俺はいつでもどこでも眠れる!」と豪語している人がいたら、「睡眠時無呼吸症候群」を疑いましょう。夜の睡眠が浅く日中に眠気がひどいことを、得意げに自慢しているようなものです。

2003年に山陽新幹線の運転士がこの病気によって居眠りをして停車駅を通り過ぎてしまった事件から、注目を浴びるようになってきました。

日本人の数パーセントは、この病気にかかっていると報告されています。寝ているあいだに呼吸が止まってしまう、というのが大雑把な「睡眠時無呼吸症候群」の定義です。

隣で寝ているど主人が息をしばらくしていないので「生きてるの? 」と思って心配して見てみたら、突然爆音のようないびきをかいてまた呼吸をはじめた、というようなシーンですね。

これがいちばん多いタイプで、閉塞型といいます。肥満や筋トレのし過ぎで、首が太くなってしまうと、喉の空気の流れる部分(=気道)が狭くなってしまいます。扁桃腺も気道を狭くする原因です。ひどくなると閉塞して、呼吸が止まってしまうのです。

ほかに中枢型というタイプもありますが、ここではいちばん一般的な閉塞型に関してお話ししましょう。正確な診断基準では、10秒間以上の呼吸のない無呼吸状態(無呼吸低呼吸指数)が、1時間に平均5回以上あると、睡眠時無呼吸症候群と診断できます。

無呼吸状態の回数は、終夜ポリグラフで記録すれば、コンピューターが自動的に数えてくれます。したがって睡眠時無呼吸症候群ときちんと診断するためには、最低ひと晩の検査入院が必要になります。

集中力の低下、疲れが取れない、憂鬱感まで

睡眠時無呼吸症候群になってしまうと、日常生活でどういう困ったことが起こるのでしょうか?くだんの新幹線の運転士さんのような昼間の強い眠気が、夜の睡眠が十分にとれないために起こります。

集中力の低下、起きたときの頭痛やだるさ、インポテンツなどの症状のほか、高血圧や糖尿病、狭心症などの病気も、睡眠時無呼吸症候群と合併しやすいといわれています。

さらに生活習慣病や心臓疾患、脳卒中の危険性が高まります。また、意外に知られていませんが、うつ病と認知機能の低下が、睡眠時無呼吸症候群にはよく合併します。

https://snore-guide.com/

嫌な記憶はレム睡眠中にインプットされる

忘れたい記憶が忘れられなくなってしまうということ?

1953年生まれの有名人といえば、サッカーのジーコ元日本代表監督や落合博満・元中日ドラゴンズ監督です。レム睡眠が発見されたのは、同じ1953年。そんなに大昔の話ではありません。

その後、人間は夢をこのレム睡眠中に見ているという事実もわかりました。これを契機に、睡眠が記憶の定着に役立っていることをレム睡眠、ないし夢とからめて説明しようとする研究がブームになりました。

夢を見ているうちに、重要な記憶とそうでない記憶が整理される。なんだか信じてしまいそうな仮説ですね。

最近は、ノンレム睡眠の重要性を示す結果が多くなっています。現在では、言葉による知識の記憶、あるいはスポーツや楽器を覚える、いわゆるからだで覚える記憶には、深い睡眠(ノンレム睡眠、脳波で周波数の遅い波の出る睡眠なので、「徐波睡眠」とも呼ばれます) が重要で、ノンレム徐波睡眠のときに、記憶が整理され固定きれると考えられています。

知識の記憶や手続き記憶をしっかり走者させたいと思っておられるかたは多いでしょうから、このノンレム睡眠の役割は大変重要に思えますよね。ではレム睡眠は記憶に関係はないのでしょうか?ある種類の記憶にはレム睡眠が重要な役割を演じています。それは、「情動記憶」です。しかも、不愉快で「もう思い出すだけでもムカつく」「気持ち悪いなあ」というような記憶です。

レム睡眠の役割

レム睡眠から目覚めさせたひとの多くが夢を見ていたことから、内容のある夢はレム睡眠中に見ると考えられています。科学技術の進歩で、睡眠中の脳活動も研究されていて、レム睡眠中には恐怖など不快な「感情」を司る扁桃体が活性化することがわかっでいます。

逆に「理論」を司る前頭前野の活動は、睡眠中は低下しています。夢の中でアイデアがひらめく現象が起こるのは、前頭前野による理論的な束縛を離れて、扁桃体を中心とする野性的な脳がレム睡眠中に活性化しているからかもしれません。

このレム睡眠が恐ろしい記憶を忘れさせてくれるのか、逆に強めてしまうのかは、議論が分かれています。

ただ、レム睡眠の役割で推測されているのは、覚えた記憶に感情の「タグ」を付けるというモデルです。「面白い授業だった」という感動があれば、知識も忘れにくくなるでしょう。逆にタグ付けに異常があれぼ、イヤな記憶にいつもタグがついていて、トラウマ記憶のようになかなか忘れられないということになります。

レム睡眠と夢については、うつ病やPTSDなど精神疾患との関連性も強いので、治療につながる今後の研究が期待されるところです。