平均睡眠時間はここ30~40年で平均50~60分も減少している
1日に8時間程度の時間眠るとすると、人生の3分の1を眠って暮らしていることになります。夜の明かりが月と火しかなかった時代は、太陽が沈んで暗くなったら眠り、太陽が昇って明るくなるとともに活動を開始する生活を人は送ってきました。
しかし、エジソンが電球を発明して以来、夜は明るくなり、さらに21世紀に入ると、加速度的に24時間社会に変化しました。そんな中で人々の「起きていたい」という欲望はますます高まり、睡眠時間を無駄なものと見る傾向が強くなってきています。
実際、NHK放送文化研究所の国民生活時間調査によると、国民全体の平均睡眠時間は、最近の40年間で50分も削られていることがわかりました。このような睡眠時間圧縮社会の中、長時間睡眠をとらない「断眠マラソン」の記録を見ていくことで、眠らないことのメリットとデメリット、短時間睡眠を習慣化するためのヒントが得られます。
200時間の断眠に挑戦したディスクジョッキー
1995年1月、NYのラジオ局「WMGM」のディスクジョッキー、ピータートリップ氏は、小児麻痺の募金を集めるチャリティー放送として200時間の断眠マラソンに挑戦しています。200時間というと8日と8時間です。挑戦開始から2日間は、元気でいつもと変わらない様子で放送を行っていました。しかし、3日目になると、温厚で知られているトリップ氏が急に怒鳴りちらすなど、怒りっぼい性格に変わりました。さらに5日目が過ぎると、「レコード盤の上に無数の虫がうごめいている」「時計が人の顔をして自分を見つめている」など妄想や幻覚の症状が出始めたのです。
それでも何とか200時間の断眠をやり遂げ、放送終了後には、13時間も眠り込みました。幸いなことに、目を覚ますと異常な症状は消え、正常な精神状態に戻っていました。断眠後に眠っていたときの脳波を見ると、レム睡眠(体が休んで脳がメンテナンスする睡眠) が眠りについたあとすぐに起こり、しかも通常より長い時間現れていました。これは、起きている間に傷んだり新しく作られた脳の神経回路を、修理・補強する必要があったことを示しています。
ギネスブック認定の長時間連続断眠記録は?
1965年、米国サンディエゴの高校生ランディー・ガードナー君が、クリスマス休暇の自由研究のために、ギネスブックの断眠記録260時間に挑戦することを思い立ちました。
それまでの彼は、1日平均6時間弱の睡眠をとる普通の高校生でしたが、264時間12分の断眠記録を打ち立てて、ギネスブックに新記録と認定されました。この挑戦には睡眠の専門家ウィリアム・C・デメント博士が立ち会っているので、信憑性の高い記録と考えられています。デメント博士によると、ガードナー君は3日目の夜からウトウトしかけて、ラジオを聴いたり、バスケットボールやドライブをして眠気をまぎらわせていました。そして日を追うごとに深夜から早朝の時間帯、特に午前3時から6時に眠気が強くなり、起こしておくのに苦労したそうです。眠気が強いときにガードナー君は、「ただ目を休ませたいだけなんだ」といって、1~2秒間、目を閉じることがありました。このときに、あとで述べるマイクロスリープをとっていたと考えられています。
断眠中は分析・記憶・知覚・運動の能力や熱意が若干低下し、足し算がおぼつかなかったり、車の運転がかなり危険な状態になることもありました。しかし、デメント博士によると、精神異常の兆候は一度もなかったそうです。断眠マラソンが終了したあと、ガードナー君は14時間40分眠り続けました。その後、数日間は通常よりも長い睡眠時間をとっていましたが、次第にもとの生活パターンに戻って高校生括を続けました。
ネットでも配信された断眠マラソン
2006年5月には266時間(11日と2時間) も眠らずにいた人が現れました。ガードナー君の記録に挑戦しようとした英国ベンザンスのトー二ーライト氏は、断眠中の立ち会いを睡眠研究者に依頼しましたが、危険過ぎるということですべて断られました。
そこで彼は、挑戦の信憑性を高めるために、32台のカメラで撮影された映像をインターネットで配信し、克明な日記も公開することにしました。これまで100回以上の断眠実験を行ない、8日間眠らずにいた経験もあるライト氏は、前日に3時間眠っただけで断眠マラソンを開始。
お茶を飲んだり日記をつけたりして、眠気と戦いました。断眠時間が長くなるにつれて、ときどき自分の言葉が理解しにくくなったり、色が明るく見えるようになることがありました。
5日目の日記には、「パソコンの文字がクスクス笑いながら踊る。小鬼や妖精たちに変わり始める。最後の瞬間、苦痛からの一時的救済がZキーの上にしっかりと来ていた」などと、意味不明な言葉が書かれています。
6日目以降は、ゾンビのように歩き回ったかと思うと、放心状態に陥ることもありました。ガードナー君の連続断眠記録を破ったあと、2時間たって実験は終了しました。記録は266時間でした。しかし残念なことに、これはギネスブックに掲載されていません。ギネスブックは健康への害が考えられることから、断眠記録の掲載を中止しているのです。
「マイクロスリープ」が睡眠時間の短縮に役立つ
断眠マラソンを行なった3人は、特別な訓練を受けていたわけではなく、いわゆる普通の人たちでした。それでも、はっきりとした目的を持ち、それをしっかりと意識していれば、10日間程度は眠らないでも生きていられることを、実証してくれました。
断眠中の眠気にはリズムがあり、特に早朝にとても強くなります。そのときに体を動かしたり、ほんの短い間でも目を閉じていると、眠気が減って頭がクリアになることがわかりました。最近の研究では、この目を閉じている間に、「マイクロスリープ」が起こっていると考えられています。
マイクロスリープとは微小睡眠ともいわれるもので、本人は起きているつもりでも、数秒から10秒間ほど睡眠状態に陥ることです。睡眠時間が極度に不足していると、人に話しかけられても気がつかないことがありますが、そのときにマイクロスリープが起こっています。マイクロスリープは、通常の睡眠を補う働きがあるので、意識して活用すればトータルの睡眠時間を短縮するために役立ちます。
ただし、自動車の運転や危険を伴う作業中にこれが起こると、大変不幸な結果になることがあります。実際、自動車の追突事故の原因の一つとして、マイクロスリープが重要視されています。
長期間の断眠のあとは、半日くらいグッスリ眠れば自然に目が覚めます。そしてその後、3日間ほど多めに眠ることで、もとの睡眠・覚醒リズムに戻って社会生活に復帰できます。
ここぞというときに睡眠時間を削って頑張っても、数日でもとのリズムを回復できるので、計画的なメリハリを生活につけられそうです。いくつかのメリットはありますが、長時間の断眠は、心と体にかなりの負担を強いることも事実です。眠らない時間帯にどんな危険が潜んでいるかも自分でもわからないのが本当のところでしょう。
断眠中は次第に脳の機能が低下し、幻覚や妄想の症状が出てきました。3人の結果を見ると、これらの精神症状はグッスリ眠れば回復しましたが、全く安全とはいい切れません。もし、幻覚や妄想が出てきたら、即座に眠ることが健康のために大切です。また、断眠して起きていた時間の生活の質は、必ずしも高いとはいえません。徹夜を続けてでも頑張ったほうがよいのか、それともサッサと眠って、スッキリした頭で仕事や勉強をしたほうが能率的なのかをよく考える必要があります。
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